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日本海の朝日(©tsuritabel) |
オフショアフィッシングのゲストで4キロクラスのとらふぐが釣れた
■高級とらふぐキャッチ
■フグの調理は免許制
このときに限らず、遊漁船に乗って沖釣りをしているとたまにゲストで高級フグが釣れてしまうことがあります。
しかし、フグは人の命を脅かすほどの猛毒を持っていて、専門的な知識と技術を兼ね備え免許を保有している人しか調理することができません。有毒部位についても厳正に管理し廃棄しなければなりません。
知り合いにフグの免許を持っている人がいるアングラーならば、高級フグをキープして捌いてもらって食すこともできるのですが、僕はそんな知り合いも馴染みのお店もない。
だから、高級フグが釣れちゃったときは他の乗船者や船長にプレゼントするかリリースしており、残念ながら自分が釣ったフグはこれまで一度も食べたことはありませんでした。
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フグはイカ釣りのスッテにもヒットすることがある(©tsuritabel) |
■千載一遇のチャンス到来
ところがこの日は、一緒に乗船したまっちゃんがフグを持ち帰って馴染みのお寿司屋さんに捌いてもらおうということになった。自分でキャッチしたフグを食べられるのは人生初の体験になるのでワクワクドキドキである。
なにしろ4キロのとらふぐである。初冬の下関の初競りであれば1キロ2万円は下らない、4キロクラスは8万円の代物である。
■寿司屋の大将は二つ返事で快諾したが
まっちゃんと僕は捌いてもらったトラフグを半分ずつ山分けにする密約を交わし、午後3時頃仕込み中の地元の寿司屋にクーラーボックスを持ち込んだ。
若い頃はやんちゃでしたと顔に書いてある寿司屋の大将が二つ返事でとらふぐの調理を引き受けてくれたので我々はほっとひと安心。
翌日までに調理してもらえることになり、まっちゃんと僕はそれぞれ家路に着いた。
ところがほどなく、まっちゃんから電話が来た。
「大将から電話あってさー、よくよく考えたらしいんだけどー、万が一なんかあったら困るからフグ捌くの断わりたいっていうんだよ」
がっかりではあるが、至極まっとうな判断である。
寿司屋の大将としては常連客の頼みとはいえ好意でフグを捌いてもほぼリスクしかない。
万が一のことでもあれば新聞沙汰にもなりかねず、店の看板にキズが付くことになってしまう。
■フグを引き取りに再び寿司店へ
ここでまっちゃん、寿司屋を諦め、別のツテでふぐ専門店に頼むことにした。
まっちゃんと僕はあずけたフグを引き取るため、寿司屋に再集合した。
ところが寿司屋の大将の態度が再度一転。
「このとらふぐうちで捌くっていったじゃん。まかしてよ!明日取りに来て!」
「?????」
捌くのを断られ、フグを引き取りに来た気でいた我々はしばらく状況が理解できなかった。
とりあえず、寿司屋で捌いてもらえることになったので、素直にお願いすることにして寿司屋をあとにした。
ふぐ専門店のほうには間に入ってくれた人も含めて、まっちゃんがお詫びの連絡を入れてくれた。
まっちゃんのことだ電話だけではなく、後日酒なども持参しあらためてお詫びにいくことであろう。
かたじけない、とはこういうことか。
大将の豹変ぶりに僕はなんだかキツネにつままれたような気分だったが、まっちゃんの推論を聞いて納得。
まっちゃんによると、寿司屋の大将はフグの調理をいったんは断わったものの、自分が断わったふぐの調理を同じ市内のふぐ専門店が引き受けたとなると、それこそ寿司屋としての名折れ、恥であると、沽券に関わると思いなおし、料理人としてのプライドに火がついたのであろうと。
なるほど。
そういうことか。
さすが大工のまっちゃん職人心がよくわかってらっしゃる。
一抹の不安がよぎる
しかし、この一連のやりとりのせいで一抹の不安が僕の頭をよぎる。
フグは種類によって有毒部位が異なり、プロでも処理を誤り毎年フグ中毒による事故がニュースになっている。
そして、免許があるとはいえ、寿司屋がフグを捌く機会はそう多いとは思えない。一度は断わったくらいなので本当は寿司屋の大将も自信がないのではないか。
本当に食べても大丈夫だろうか?
いよいよとらふぐ実食
さて、すったもんだの末、次の日、まっちゃんと僕は寿司屋の大将がきれいに捌いてくれた日本海新潟上越沖の天然とらふぐの刺身を山分けにしそれぞれの家に持ち帰った。
本当はふぐ皮などもほしかったところだが、残念ながら身以外の部位は一切なかった。
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寿司屋の大将がきれいに捌いてくれたトラフグの刺身(©tsuritabel) |
その日の夜、食卓にならんだ薄造りのとらふぐの刺身。
てっさである。
だが、家族は誰一人手を伸ばそうとしない。とはいっても、高級とらふぐに遠慮してる訳ではない。
まずは、釣ってきた張本人である僕に毒見役をさせようという魂胆らしい。
一同固唾を飲む。
ハンパない緊張感。
僕は恐るおそる自己責任で一切れ口に運び、噛んで、飲み込んだ。
味覚的に異常は感じない。
しばし沈黙。
1分ほど経過したが体調の異変もない。
二切れ三切れと食べてみた。
何も起きないが、正直高級フグを味わうような心の余裕はまったくない。
おいしくもなくまずくもない。
ただただ毒があるかもしれない死んだ魚の切り身を機械的にそして実験的に口に運んでは噛んで飲み込んでいるだけである。
もしかしたら、今は身体に異変がなくてもあとから毒が回り、これが自分の最後の晩餐になるかもしれない。
半分冗談半分本気でそう思う。
結局ビビった家族はほとんど手を付けず、ほぼ全部自分で完食することになった。
その夜、僕はもし万が一自分の身に何かあってもリスクを承知でフグを捌いてくれた寿司屋の大将に迷惑を掛けたくないので救急車は呼ばないでくれという遺言を家族に残し寝た。
我ながらかっこよすぎる遺言にちょっと涙ぐんでいたかもしれない。
翌朝。
目が覚めて自分がフツーに元気なのがチョー嬉しかった。
すぐにまっちゃんに電話した。
「生きてた?」
「生きてたよ」
どうやら、まっちゃんも同じような気分で1日を過ごしていたようだ。